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カトリック本河内教会

                            長崎県教会、キリスト教関連史跡

ヨハネ・パウロ2世がひざまずいて祈った


ポーランド人神父コルベ師が設立した修道院に始まる教会。コルベ神父は第二次世界大戦中アウシュビッツに収容され、そこで人の身代わりになって亡くなった人物で、1982(昭和57)年、ローマ教皇により列聖されました。


カトリック本河内教会


ポーランドに生まれたマキシミリアノ・マリア・コルベ神父が来日したのは1930(昭和5)年。

困窮した生活の中で月刊誌「聖母の騎士」を発行し、日本人のマスコミ伝道に精魂を傾けました。

6年後に大切な会議のためにポーランドに一時帰国した際に逮捕され、アウシュビッツに入れられました。当時ナチス・ドイツはユダヤ人だけでなく、聖職者や同性愛者なども捕まえて収容所送りにしていたからです。

アウシュビッツでは脱走者1人に対して10人を餓死刑に処するということが行われていたのですが、この10人に選ばれた人が「自分には妻子があるのに・・・」と言った言葉を聞き、神父は「では私を。私は神父で妻子はありません」と身代わりを申し出ました。房の中でも囚人たちを励まし続け、元々病弱だったにも関わらず最後まで生き残りました。房を開けて神父が生きていることを知った看守らは驚き、毒を注射して殺しました。

カトリック本河内教会は1954(昭和29)年、中町小区より分離独立。現在の聖堂は1964(昭和57)年に建てられました。神父が聖人となった1982(昭和57)年以来、巡礼地となっています。



聖堂

ステンドグラス

聖像

祭壇上部

聖堂後方

解説板

記念碑

コルベ神父像

記念標柱

コルベ神父胸像

コルベ神父

聖者コルベ小聖堂


聖堂内向かって左手には聖者コルベ小聖堂があり、神父の遺髪が祭壇右手に安置されています。

ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は同じポーランド人としてコルベ神父を尊敬しており、この小聖堂を訪れて祈りを捧げました。

ヨハネ・パウロ2世は、ここに来ることは自分にとって特別な望みだったと語りました。教皇が祈りに用いた跪(ひざまず)き台と腰掛けたイスは、祭壇向かって左手の窓辺に置かれています。



聖者コルベ小聖堂

コルベ神父

聖遺髪

聖遺髪

教皇が用いたイスなど

跪(ひざまず)き台

イス

マリア像



 
現地への行き方
路面電車「蛍茶屋」下車、徒歩15分。住所は長崎市本河内2-2-1です。

訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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