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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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サンタ・クララ教会跡

                            長崎県教会跡、キリシタン関連史跡

浦上の秘密教会跡


キリシタン時代にサンタ・クララ教会という教会があった場所。禁教令が出て教会が無くなっても、信徒たちは盆踊りのふりをしてこの場所に集まり、お囃子に合わせて祈りの言葉を歌い、踊ったりしました。


サンタ・クララ教会跡


1603(慶長8)年に完成したこの教会は浦上村では唯一の教会で、スペイン人の宣教師アルファレス神父が司牧を務め、日本人キリシタン孫右衛門らが働いていました。

貿易に携わる外国人商人らがミサに訪れ賑わっていましたが、徳川幕府の禁教令が発布され、1620(元和6)年に破却。敷石だけが残り、神父もいなくなりました。

教会で働いていた孫右衛門は、日本にキリスト教が途絶えることを心配しました。そこで、ひそかに村民を個別訪問し、団結して信仰を守る意志を確認すると、潜伏組織を作ったのです。

幸いにもサンタ・クララの祝日が日本のお盆と同じ時期だったので、浦上キリシタンたちは盆踊りと称して毎年夏にはこの場所に集まって、「家野(よの。この場所は浦上村の家野郷字川上)はよかよか 昔からよかよ サンタ・カララで日を暮らす」という歌にのせて祈りを捧げ、敷石の上で踊りました。

この「よか盆」をカムフラージに役人の目をごまかし、浦上キリシタンは信仰を守り、「信徒発見」で教会に復帰しました。彼らは「信徒発見」後、この場所に秘密の教会を建て、大浦天主堂から神父を密かに迎えて洗礼を受け、ミサにあずかるなどしました。

現在建てられている碑は、1964(昭和39)年、信徒発見100周年を記念して建立されたものです。

 


サンタ・クララ教会跡解説

サンタ・クララ教会跡碑

サンタ・クララ教会跡碑



 
現地への行き方
路面電車「大橋」下車、徒歩3分。大橋を渡ってすぐ右手の橋のたもとに記念碑は建てられています。


訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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