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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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出島

                            長崎県キリスト教関連史跡

扇形の人工島


江戸時代、西洋との唯一窓口であった島。現在は埋め立てが進み、島ではなくなっています。

1634(寛永11)年、幕府は長崎の有力商人に命じて人工島の築造にのりだし、1636(寛永13)年「出島」が完成。ポルトガル人は出島に収容されましたが、1639(寛永16)年に国外追放となり、空き家となった出島に1641(寛永18)年、平戸からオランダ商館が移転してきました。


出島


この出島は、オランダ商館が閉鎖されるまでの218年もの長い間、日本で唯一西洋に開かれた窓口としての役割を担うことになりました。

キリシタン殉教の様子など、日本側の記録がほとんど残っていない事柄についても、オランダ商館員によって記録されていたために、後世の者が知るようになったことが多くあります。

 現在は、周辺の埋め立てによって当時の扇形の地形は消えてしまいましたが、近年の発掘調査をもとに水門や建物などの復元が進み、往時の姿が徐々によみがえるようになりました。敷地内には、復元されたオランダ商館の住居や倉庫のほか、日本最古の神学校「旧出島神学校」の建物があります。



カピタン部屋解説

カピタン部屋

カピタン部屋

大広間解説

客間

客間解説

客間から

客間


窓ガラス

窓からの眺め

天井

部屋

窓からの眺め

周りを囲む塀



 
現地への行き方
路面電車「出島」下車、すぐ。住所は長崎市出島町6-1です。

訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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