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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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岬のサンタ・マリア教会跡

                            長崎県教会跡、キリシタン関連史跡

長崎港の誕生とともに岬に生まれる


キリシタン時代、日本で一番大きく美しい教会があった場所。現在の長崎県庁です。
被昇天のサンタマリア教会ともよばれていました。

最初の教会は長崎開港の際、海に突き出た岬の先端に建てられました。
一度豊臣秀吉の命で取り壊されましたが、その後復活。徳川家康により禁教令が発せられるまで、この教会は長崎のキリスト教文化の中心でした。


岬のサンタ・マリア教会跡


ここに最初に教会が建てられたのは1571(元亀2)年。長崎開港に際して、フィゲイレド神父が、大村純忠が寄進した土地の先端に教会を建てました。

秀吉の命で一度破却されましたが、秀吉の死後活動しやすくなったので、1598(慶長3)年にトードス・オス・サントス教会からコレジヨが移ってきて、1601(慶長6)年、華麗な姿の教会が建てられました。

しかし1614(慶長19)年、徳川幕府のキリスト教禁令が発せられると、他の教会とともに破壊され、その後建設されることはありませんでした。跡地には長崎奉行所の西役所が建てられ、キリシタン迫害の舞台へと移っていきました。



解説板

イエズス会本部跡

奉行所跡

海軍施設跡

石碑

石碑

石碑



 
現地への行き方
路面電車「大波止」駅から徒歩3分。県庁(長崎市江戸町2-13)前に石碑が建てられています。

訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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