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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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大浦天主堂

                       長崎県教会、浦上キリシタン関連史跡、記念碑

信徒発見の舞台となった教会


国宝に指定された日本最古の教会。

現存するものでは日本で最も古い歴史を持つ大浦天主堂が建てられたのは、1864(元治元)年。切支丹禁令の高札が撤去される前のことだったので、居留地に住む外国人のためという名目で建てられました。

完成した聖堂は日本代牧であったジラール神父によって献堂され、日本26聖人に捧げられました。建物を見物しに来た多くの人々はその美しさに賛辞を送り、「フランス寺」と呼びました。そして1ヵ月後、そんな見物人の中から、長い沈黙を破ってキリシタンの子孫たちが、プチジャン神父の前に現れました。


大浦天主堂と信徒発見


2百数十年もの間、弾圧下にありながら信徒たちだけで隠れて信仰を守り、再び外国から宣教師がやって来ると教会に復帰してきたなどということは、世界の宗教史上でも他に類をみることができず、「世界宗教史上の奇跡」、「東洋の奇跡」といわれています。

この歴史的事件は「信徒発見」とよばれ、日本よりも海外で衝撃を持って受け取られました。

信徒発見のマリア像


信徒発見の舞台となった初代の天主堂は現在の大浦天主堂に包み込まれた状態(原爆で被害を受け、修築されたため)なので、写真や版画などでしか見ることができませんが、信徒発見を導いたともいえるマリア像を見ることができます。

潜伏キリシタンは「7代忍べばローマ教皇が派遣した神父がやって来て信仰の自由が訪れる。神父はマリア像を持って来る」という予言を信じていたので、キリシタンの代表として教会にやって来た信徒たちはプチジャン神父に「マリア像はどこ?」と聞いたのです。

金の冠を戴いた聖母は幼いイエス様を抱いて、脇祭壇にたたずんでいます。
堂内は撮影禁止なので写真はありませんが、訪れた方は是非ご自分の目でご覧ください。



大浦天主堂

大浦天主堂

天主堂入口

天主堂入口

日本の聖母

日本の聖母

信徒発見のレリーフ

信徒発見のレリーフ

信徒発見のレリーフ

プチジャン神父像

ヨハネ・パウロ2世像

ヨハネ・パウロ2世像



 
現地への行き方
路面電車「大浦天主堂下」下車、徒歩5分。住所は長崎県長崎市南山手町5-3です。


訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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