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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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千々石総合支所

                            長崎県記念像、キリシタン関連地

ローマまで行った千々石ミゲル


天正遣欧使節の正使としてローマに行った千々石ミゲルの像がある役場。

千々石ミゲルは千々石城主 千々石直員(ちぢわなおかず)の子として千々石にある釜蓋城で生まれました。直員は有馬晴純の三男で、大村純忠の弟にあたります。

日本初のキリシタン大名である大村純忠の甥であり、島原地域を領する有馬晴信とは従兄弟の関係になることから、その名代としてミゲルは13歳の時に天正遣欧使節の正使に選ばれました。

しかし足掛け8年にも及ぶ長旅を耐え、使節としての使命を全うして戻ってきた4人の少年使節らを待っていたのは、キリスト教禁教の世界でした。キリシタン大名大村純忠と大友宗麟はすでに亡く、純忠の跡を継いだ大村喜前(よしあき)は領内のキリシタンに頭を悩ませていました。


千々石ミゲル像


1602(慶長7)年、キリシタン大名大村喜前は熱狂的な日蓮宗徒であった加藤清正の勧めもあってキリスト教を棄て、日蓮宗に改宗しました。

帰国後数年経ってから棄教した千々石ミゲルが、喜前にキリスト教の悪弊を語り、信仰を捨てるよう促したのだともいわれています。

近年ミゲルのものではないかとされる墓が見つかり、それがキリシタンの里にあったことから、晩年は再び信仰を取り戻したのではないかとも考えられています。
ミゲルの像は「至純の人」として、千々石総合支所前の駐車場脇に建てられています。



千々石総合支所

千々石総合支所

千々石三大先人

千々石ミゲル

千々石ミゲル解説板

千々石ミゲル像

ミゲル以外の方々

ミゲル以外の方々



 
現地への行き方
島原鉄道「愛野駅」から車で15分ほど。2005年に周辺6町と合併し雲仙市になったため、旧千々石町役場は雲仙市千々石総合支所となりました。


訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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