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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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今村刑場跡

                             長崎県殉教地、供養碑

緑陰にたたずむ殉教の供養碑


元和8(1622)年、イエズス会ペトロ・パウロ・ナウアロ神父と3人の信徒が、松倉重政によって火刑に処せられた場所。

寛永10(1633)年にはアントニオ・ジャノネ神父が殉教しています。
万治元(1658)年、大村の郡崩れで捕らえられた信徒のうち56人が斬首されたのが、ここでの殉教の最後になりました。

今村刑場跡


刑場のあった場所には供養碑が建てられていますが、まわりは雑木林の中の空き地という感じです。

当時の今村刑場は長崎の西坂刑場と同じように、海に囲まれた岬だったといいます。矢来の外には見物人たちが大勢ひしめきあっていました。

ナウアロ神父はロザリオを首にかけ修道服を着ており、共に捕らえられた日本人伝道師のディオニジ福島、ペトロ鬼塚三太夫、クレメント久右衛門三人と連祷を歌いながら処刑場に入ってきました。彼らが4本の柱に縛りつけられると、ナウアロ神父は人々に向かって、最後の説教をしました。


今村刑場・供養碑のまわり


領主の松倉重政が到着すると薪に火がつけられました。たちまちに彼らの姿は火炎に包まれ、中からはキリストとマリアの御名を唱える声が聞こえたといいます。

遺骸は3日間ここにさらされた後、キリシタンを埋めては日本国土が汚れるからと、灰にして海に捨てられました。


見落としそうな看板

説明板

記念碑

刑場跡



 現地への行き方
島原鉄道島原外港駅から徒歩30分。港を背にして白土湖(しらちこ)通りを進み、南栄町バス停のある交差点を左折。第二中学校に突き当たったら右折して、すぐまた右折すると右側に見えてくる。わかくさ保育園の隣です。


訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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