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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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今富キリシタン墓碑

                             長崎県キリシタン墓碑

墓碑を立てて仏教徒のふり?


大村市郊外にあるキリシタンの墓碑。
永禄6(1563)年、主君である大村純忠とともに横瀬浦で洗礼を受けた大村家の重臣、
市瀬越智相模栄正の墓碑で、戒名が刻んであります。

十字紋を刻んだ蒲鉾型のキリシタン墓碑だったのを、キリシタン禁制の時代になり、
子孫が墓碑を立てて仏式の墓石に見えるようにし、日蓮宗の戒名を刻んだと考えられています。


今富キリシタン墓碑


墓石にしては少し横長で、子孫が苦心して先祖の墓を残したのだということがわかります。

上部を覗くと十字紋がくっきりと刻まれているのを見ることができます。

2007年の調査で慶長19(1614)年に亡くなった女性のものである可能性が出ましたが、詳細はまだわかっていません。

上部にある十字紋


墓碑の右手に置かれた手水鉢も、キリシタン墓碑だったものです。

今富キリシタン墓碑は、キリシタン墓碑としては日本で最も古いものの一つで、県指定の史跡となっています。


説明板

今富キリシタン墓碑

キリシタン墓碑

手水鉢



 現地への行き方
道を説明するのはとても難しいです!
一応、以下に道順を書きますが、小さな道が何本もあるのでわかりにくいと思います。
「書いてある通りに行ったけど行けなかった」となったらゴメンナサイ<(_ _)>

大村市街地より国道34号線を北上し、「大川田町」交差点を過ぎてから、右手4本目の道を右折。線路を越え、山に向かって行き、突き当りを右折し、左手2本目の道(道らしい道)を左折。山を上って行くと左手に道しるべの標識が出てくるので、そこを入っていくとあります(たぶん)。道路工事をしているところもあったので、今後道は変わっていくかもしれません。もし「今富キリシタン墓碑」の標識を見つけたらその通りに行くのがベストです。


訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション


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